作者は柴田哲学。
【本の帯】
小説だからこそ、書けることがある!
著者はフィクションの力で戦後史最大の謎をついに解いた!
昭和24年7月6日、初代国鉄総裁下山定則が轢(れき)死体で発見された。
昭和史屈指の謀略事件ともいわれる「下山事件」である。
はたして誰がどのように計画し、実行し、真相を闇に葬ったのか?
ベストセラーとなった第一級のドキュメント『下山事件 最後の証言』(日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞受賞)から10年、ノンフィクションでは解明しきれなかった“真実”に、小説という方法で到達し、事件の全貌を描き切った空前の傑作長編!
【読書後記】
戦後最大のミステリー。
三鷹事件、松川事件と同様で、その全貌が謎のままに封印された重大事件。
そんなフレーズを何度も聞いた記憶がある。
しかし、私が生まれる前の事件だし、戦後の混乱期に起きた事件なんで関心は薄かった。
図書館に行って、ひょいと新刊コーナーをのぞいたら、そこに遠慮するような色合いで並んでいた。
ついつい手に取って読み始めたんだが、506ページの大作でありびっしりと字が並んでいるもんで随分と長い読書となった。
同じ作者が執筆したノンフィクション「下山事件 最後の証言」で書けなかった部分を、フィクションとして事実に付加修正して書き上げたのが本書ということになるらしい。
さて、舞台になったのは、東京の片隅にあるライカビル。
その中の亜細亜産業という、表向き総合商社。
そこに暗躍する特務機関員たちが主人公だ。
一方、GHQの政策で国鉄職員の10万人首切りを託されたのが下山初代国鉄総裁。
本来ならば、首切りを敢行すれば2ケ月で交代するはずだった。
それが、GHQの一部と国鉄の利権に絡む日本人組織から付け狙われる存在となった。
国鉄の贈収賄に絡む汚職を明らかにしようとしたり、電化に反対したりする下山総裁が邪魔になったんだ。
また、当時勢力を持ちつつあった共産主義(国鉄労組)を犯人とすることで、レッド・パージを成功させようとする組織からも国鉄総裁の暗殺が利益に通じる事案だった。
本小説では、上記のような当時の背景が詳細に描かれている。
GHQ内部の権力闘争や日本の右翼、戦時中の特務機関員崩れが二重三重にも折り重なったところに、事件は発生した。
主人公の一人となるのは、元特務機関員の柴田豊。
貧しいが優しいお父さんとして毎日を送っていた。
妻と娘と二人で幸せに暮らす山里に一台の車が訪れるところから物語がスタートする。
彼は、元の特務機関に連れ戻され、本事件を計画指示した張本人として暗躍することを余儀なくさせられた。
あとがきによれば、作者の祖父に当たる人がモデルになっているようで、その妹(作者にとっての大叔母)が「兄が犯人かもしれない」といったことから、この事件を追求しようと思ったらしい。
冒険小説にふさわしく、多くの人々が関わり、大きく時代が流れる様が巧みに表現されている。
当時のGHQや日本政府の要人の様子や関係性。
元特務機関員など、本事件に関わった人々の姿が生き生きと描かれている。
東京の街並みやビュイックというアメリカ車が、重要な小道具として小説内を縦横無尽に行きかう。
そして、貨物車による壮絶な轢殺。
列車に轢かれバラバラになった死体の様相。
検死、解剖所見を分析した学者たちの対立。
自殺説と他殺説に揺れ動く警察内部。
結局は、大きな圧力によって迷宮入りしていく事件。
それらの要素が幾重にも重なり、複雑化していく様子が実にスピーディーにスリリングに描いていく。
本作品は傑作中の傑作と言えるかもしれない。
事件後、1年たって姿を消した亜細亜産業の面々はどこへ行ったのだろう。
いい余韻が残る作品だった。